日刊じゃないでじぺんNo.498
「いつも…その恰好を?」
おずおずと声をかけてきたのは、昨日から同室になったばかりの新入りだった。他にそんな間抜けな質問をしてくる奴なんてここにはいやしない。
「ああ?…そんなわけねぇだろうが。好き好んでこんな鬱陶しいモノ着てる訳じゃねぇよ」
新入りに悪気がないことなんてわかっちゃいるが、馬鹿にされたような気がしてつい威嚇するような態度をとった。舐められたくない、と心の何処かで警戒心が芽生えたのかもしれない。我ながらまだまだ小物だ。
「…すんません。まだ、ここの流儀がわからなくて…」
「まぁな。無理もねぇよ。俺だってここに慣れるにはしばらくかかった。それにな、今じゃすっかり古株気取りだが、この糞ったれな鉄格子だけは、未だに慣れねぇな」
さっきの小物っぷりを取り繕うように語る自分がどこまでも滑稽に思えて、ため息をつく。それも自分に向けられたものと感じたのか、新入りが僅かに身構えた気配がした。そんなことに気づく自分も、こいつに対して神経をとがらせてるってことだ。
小物の上に、臆病か。
「…ヒロシ、つったっけか。お前、こういうところは初めてか」
「へぇ。…全く何して良いかもわからなくて。…それに、そういうの着るってのはどうも…」
「嫌か」
「あ、いや、その、ユウジロウさんがどうとかって訳じゃなくてですね。あたしも昨日試しにとか言って似たようなの着せられたんですけど、なんかこう、動くに邪魔だし、ムズムズして…」
新入り―ヒロシはそう言いながら思い出したように背中を両手で引っ掻いた。
「俺も最初はそうだったよ」
そうか。こいつはここに来たばかりの頃の俺に似てやがる。だからちょっと苛つくんだ。畜生め。
「でもお前だっていつまでも素っ裸じゃいられねぇぞ。仕事にはこいつが必要だ」
「仕事…っすか。ところで、あちらで寝てらっしゃるのは…」
仕事の話を避けるように、ヒロシが部屋の隅で寝ている男を指さす。
「テツヤだ。まぁ、相棒みたいなものだな。無愛想だが以外に器用な奴でな。ここに来たのは俺のほうが早いが、ここに慣れるのは奴のほうが早かったし、今も不満一つ言わずに仕事をこなしてるよ。俺は…」
うんざりだ。
そう言いかけて、やめた。言ってもしかたのないことだし、その言葉は多分正しくない。反省ばかりの毎日だが、意外にここでの暮らしが気に入っている自分がいるのも事実だ。
「俺も、慣れますかね?」
ヒロシの不安げな表情も、あの頃の俺そっくりだ。まぁ、あの頃の自分の表情なんか憶えちゃいないし、多分見てもいない。そんな気がするだけだ。
「知るか。こいつを着慣れる頃には慣れてるか、さもなきゃ」
「さもなきゃ?」
「…発狂してるさ。そこの鉄格子に張り付いたままな」
ヒロシがぶるっと身を震わせた。
カツン、カツン…と、いつもの足音が響く。やれやれ、今日も奴らのお呼びだ。
足音がどんどん近づいてきて、俺たちをここに閉じ込めるクソッタレな組織の、見慣れた屑野郎が姿を現した。
『ユウジロウ、テツヤ』
俺達の名前を呼びながら、檻の扉を開ける。
「…ヒロシ」
俺は、のそりと立ち上がりながら声をかける。寝ていたはずのテツヤは、いつの間にか俺より先に扉を潜っていた。
「確かにこの格好は窮屈だし、毎日毎日くだらねぇことばかりやらされてるけどな」
鬱陶しい衣装の襟元を正しながら呟く。
「でもまぁ、案外面白ぇぜ。客の笑う姿を舞台から眺めるってのはよ」
『反省!』
屑野郎の叫びを合図に、俺は背筋を伸ばして腰だけを曲げ、壁に手をついた。檻の向こう側でテツヤも同じ姿勢をとっている。尻尾の角度も完璧。
『よし、今日も調子良さそうだな』
屑野郎が白い歯を見せて笑う。俺達にとってそれは威嚇だ、馬鹿野郎が。